もともとは国土が広く、訪問営業が難しいアメリカで生まれたインサイドセールスの考え方。日本でも、テレビ会議や電話、メールを駆使し、顔を合わせずに顧客とコミュニケーションする営業スタイルとして定着しはじめています。 テレアポと似た存在と思われがちですが、その違いについて「顧客に深く信頼されて、ずっと付き合える関係を作り、エンゲージメントを高めていくのがインサイドセールスの本質的な役割」と指摘するのは、複数のインサイドセールスチームをサポートしてきた水嶋 玲以仁(みずしま・れいに)さん。書籍『インサイドセールス 究極の営業術』(ダイヤモンド社)の著者でもあります。 今回は、現在の状況からフィールドセールスとの役割分担まで、中小・ベンチャー企業が抱えるさまざまな疑問を水嶋さんに投げかけ、インサイドセールスの本質に迫ります。

成功事例やノウハウの発信が認知度拡大のきっかけに

グローバルインサイト合同会社CEO・水嶋玲以仁さん。インサイドセールス実務を18年間携わる。そのうち16年間は、GoogleやDell、Microsoftなど、世界有数の外資系企業に所属。 ――現在、インサイドセールスを取り巻く日本の状況を教えて下さい。

成功事例やノウハウの発信が認知度拡大のきっかけに顧客のことを本気で考えれば、成果にも成長にもつながるインサイドセールスの組織づくりに完成形はない仕事と内発的な動機を結びつける本気で組織を変える気がないと、成功しない関連するおすすめ記事

水嶋さん(以下、水嶋):インサイドセールスを取り入れる企業は、規模にかかわらず急速に増えています。整理すると、インサイドセールスを導入する企業は大きく3タイプに分かれています。 1つ目が、Sansanやベルフェイス、ヤプリなど上場前後のBtoB企業、またビズリーチをはじめとする人材系企業。彼らはインサイドセールスに力を入れて、うまく成果に結びつけていますよ。インサイドセールスが数十人いる企業もあると聞きます。 2つ目が、社員5〜10人くらいのいわゆるスタートアップ。Webマーケティングのために、MAツールとSFAを使っているものの、インサイドセールスとマーケティング、営業を1人の担当者が兼任していたりします。ただし、まだまだ手探りでうまくいっていないチームも多いようです。 3つ目が、旧財閥系を含むトラディショナルな大企業です。最近になってインサイドセールスに対して強い関心を持ちはじめています。とはいえ、導入についてはまだテスト段階で、慎重に情報収集をしていますね。 2018年はインサイドセールス=外資系のイメージが強かったのですが、国内の企業にも急速に認知が広まっていると感じています。最近は、「インサイドセールス」をテーマにしたコミュニティやイベントが多くなり、参加者もかなり増えていますね。 ――どうして、ここまで急速にインサイドセールスへの関心が高まっているのでしょうか? 水嶋:ベンチャー界隈でも名の知れた会社がインサイドセールスで成果を出して、その具体的な実践方法が公開されてきたからでしょう。また、インサイドセールス関連ツールを提供するベンダーも、ノウハウや知見を発信し、コミュニティを作るなど、精力的に活動しています。それを見て、「自分の会社でもできるかもしれない」「インサイドセールスは必要だ」と感じる企業が増えたのではないでしょうか。 さらに、実際にインサイドセールスを活用した営業を受けた経験やSNSやメディアでの発信、働き方改革の動きが相乗効果になって、インサイドセールスへの前向きな風潮が生まれています。 また、20代の社員の中には営業、特にテレアポや飛び込み営業に強い抵抗をもつ人が多い。実際、飛び込み営業は効率も悪いですし。それに代わる手段として、インサイドセールスが重宝されているという面もあります。 とはいえ、他社の成功事例を真似するだけでは、なかなかうまくいかないですよね。インサイドセールスは万事を解決する特効薬ではありません。簡単にうまくいくと思っていては絶対にダメです。

顧客のことを本気で考えれば、成果にも成長にもつながる

――成功事例やノウハウはたくさんあるのに、どうしてうまくいかないのでしょうか? 水嶋:そもそも、インサイドセールスを表面的にしか理解していないからです。インサイドセールスが向いているのは、

ターゲット顧客が数百から数万社など、大規模な営業活動をする必要のある会社サイトを見るだけでは理解が難しい複雑な商材を扱っている会社

です。この条件を満たすのは主にBtoB企業ですが、BtoC企業の一部も当てはまります。 つまり、一口に「インサイドセールスを導入する」と言っても、取り扱う商材、顧客、組織の状況は大きく違う。それに応じて具体的なやり方も全く異なります。 もちろん最初は「アポが取りやすい方法」や「オープニングトークのコツ」など、インターネットにたくさん上がっているノウハウを活かせるでしょう。けれど、サッカーの本を読むだけでは試合に勝てないのと同様に、ただ真似するだけでうまくいくわけがありません。 もっとも大切なのは、それぞれの商材の顧客が購買に至るまでの「インサイト(人の行動を変える隠れた心理)」を得ることです。商材や顧客ごとにすべて答えが異なりますから、その具体的な解決方法は本にもネットにも書かれていません。当然、顧客と対峙する中で、そのインサイトをしっかりと読み取り、自分の頭で考え、行動していく必要があります。この当たり前のプロセス、丁寧で地道な継続こそが大切なのに、それをすっ飛ばしている会社が少なくありません。 さらによくあるのは、売上目標を優先してしまい、アポ件数をはじめとするKPIだけにこだわりすぎることですね。つまり、質よりも量を優先しすぎてしまう。すると、事業に関係ない新しいホワイトペーパーを作ったり、とにかく新しいリストを作ってしまったり……。どれだけ作業をしても、いい商談にはつながりません。まさに、スタートアップがハマりがちな罠でしょう。 ――KPIは大切ですが、扱い方が難しい、と。 水嶋:さまざまなインサイドセールスに関する書籍には、「最初は『数』から始めろ」と書かれています。もちろん、質を高めるためには数が必要でしょう。けれど、それはあくまでも「最初」の話なんです。 実際、20代の若手社員やインターン生が、アポを取るだけのインサイドセールスチームに配属されて疲弊し、どんどん辞めていってしまう事態も起こっています。 インサイドセールスの醍醐味は、顧客のインサイトを深く考え、アクションを変えていける点にあります。そして本来、テクノロジーやマーケティング業界の最新動向を理解し、顧客が興味を持っているものを社内にフィードバックし、商品やサービスを進化させることが求められています。 インサイドセールスはすごく面白い仕事です。しかし、KPIに追われるだけだとその面白さを味わえないし、成長の実感も得られません。

インサイドセールスの組織づくりに完成形はない

――それでは、インサイドセールスの組織づくりで大切なことを教えてください。 水嶋:訪問営業(フィールドセールス)との連携ですね。 例えば、アポ取りからリードがいい状態になるまでインサイドセールスが担当し、その後はフィールドセールスが直接訪問でクロージングにつなげるのは、典型的なやり方の一つです。 初回アポからクロージングまでフィールドセールス1人で担当していたときには、何も問題がなくても、インサイドセールスとフィールドセールスで役割分担をした途端にコミュニケーションミスが生まれてしまう可能性がある。 これを防ぐために、フィールドセールスとインサイドセールスは同じゴールを共有し、お互いを信用しないといけません。 これもベテランと20代のチームなのか、それとも20代ばかりなのか、あるいは性格の相性といった要素もあるので、個別に対応を考えることが大切です。 ――インサイドセールスの人数が増えていくと、チーム内での関係性に何らかの変化が生じそうですね。 水嶋:そうですね。社内にインサイドセールスが1人だけのときは、フィールドセールスとの関係さえ良ければ、多くの場合は大丈夫です。 けれど、10人を超えるチームになってくると、個人で持っていたノウハウや事例、情報をツールにどう残すのか、標準化のルールや仕組みが必要になります。このあたりも、柔軟に対応しないといけません。 ――書籍の中でも、チームを変化させていくことの重要性を掲げられていました。 水嶋:インサイドセールスに完成はありません。インサイドセールスを支えるテクノロジーやツール、Webマーケティングを取り巻く状況や競合も、たった半年で全く違うと言えるほど変わってしまいますから。 さまざまな成功事例としてメディアや本に取り上げられる企業も、あくまでも「その時点での完成形」に過ぎないんです。だから営業チームの組織づくりには、小さなPDCAを次々と回して変化を促す「アジャイルの考え方」を取り入れるべきです。

仕事と内発的な動機を結びつける

――組織づくりの観点で、そもそもインサイドセールスにはどんな人材が向いているのでしょうか? 水嶋:1つ目は、会話の記録をまめに正確にとれること。これは、移動の多いフィールドセールスが苦手にしがちな作業ですが、社内で仕事をするインサイドセールスには必須の能力です。 そして2つ目は、記録した情報を見て「次にどんなアクションを取るか」を深く考えられること。インサイドセールスはデータだけではなく人間が相手の仕事ですから、相手や文脈によってその解釈は変化します。これは難しさもでもあるし、楽しさでもある。向き・不向きではなく、きちんと取り組めばできるはずです。 ――インサイドセールスをマネジメントする立場にいる場合、何を考えればいいのでしょうか? 水嶋:インサイドセールスの業務にはかなりの工夫の余地がありますが、考えないで数をこなすこともできてしまいます。そうならないためには、インサイドセールスの仕事と「成長したい」という内発的な動機をちゃんと結びつけてあげるといいでしょう。 インサイドセールスは記録が残り、ナレッジや経験もためやすい仕事です。だから、1年後に自分の営業記録を見直したら、考える力や営業スタイルに変化が起きていると分かるし、成長を感じられるでしょう。 ――マネジメント側の意識がすごく重要なんですね。 水嶋:インサイドセールスの成否は、社長をはじめとする経営陣が本気で営業の改革を必要と感じているかどうかで決まります。少なくとも、社員10人規模のスタートアップなら、経営者もインサイドセールスについて分かっていないといけないでしょう。 スタートアップの中には、自分たちのサービス開発に夢中で、「インサイドセールスは電話してればいい」みたいに軽んじるケースが本当によくあるんですよ。自分たちがそういう営業マンの下で育ってきた、オールドスタイルのマインドが残っている30・40代は特に。 だから、経営者は本気でインサイドセールスに取り組まないといけないし、人を育てる意識をもたないといけません。

本気で組織を変える気がないと、成功しない

――インサイドセールスを導入してから、うまくいく・いかないの違いはどこに出てくるのでしょうか? 水嶋:インサイドセールスの仕組みを会社に入れるのは、単にITツールを導入するのとはわけが違います。本当の意味で営業の成果を拡大するためには、インサイドセールスで得たデータや情報を商品やサービスづくりにフィードバックすることが必要になるでしょう。 つまり、マーケティングや営業部門だけではなく、商品開発を含めた会社全体の組織開発につながる話なのです。一部だけ改革しようとしても、失敗するのは目に見えています。 「会社全体を良くする」という強い意志をもった組織改革が前提にないインサイドセールスの導入は、会社全体のバランスを崩してしまうリスクもあるわけです。 ――組織改革が絶対に必要と思っていても、上司の反応が悪かったとしたら、どうすればいいのでしょう? 水嶋:内部の誰かに足を引っ張られることや周りからの賛同が得られないことは、失敗する要因の一つですよね。どれだけ本気で取り組もうとしても、既存のやり方を変えなくない人、新しいことに反対する人が絶対にいます。 だから、情熱と覚悟を持って上の人を動かさなければなりません。インサイドセールスを含めた組織改革が本当に必要な状態なのに、聞いてもらえない会社に未来はないので、転職したほうがいいのではないでしょうか。 ――インサイドセールスなど、新しい施策は東京ではかなり広まってきました。それ以外の企業、地方の企業が気をつけるべきことを教えてください。 水嶋:東京と地方都市を比べると、マーケティングの状況は4〜5年のギャップがあると感じています。ずっと同じ地域の中にいると発想が固まってしまうこともあるでしょう。 だから、年代や業種を超えて「会社を変えていきたい」という企業同士の交流の機会やコミュニティを持ち、学び続けていくのが大切になります。自ら進んで学び、情報をキャッチアップし、成果につなげていってほしいです。 企画・執筆=鬼頭佳代/ノオト 編集=黒木貴啓/ノオト 撮影=小野奈那子

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