しかし、オウンドメディアに潤沢な人員や予算を割ける中小企業は決して多くはありません。なかには、ほぼ一人でメディア周りの業務を担っている方や兼務で運営している方も……。そんな限られたリソースのなかだからこそ、成果につながるメディアを育てていくためには、周りの力を借りていきたいもの。 新卒1年目でありながら『LISKUL』編集長に就任した五味田雄斗が先輩編集長を直撃し、メディア運営の秘訣を探るインタビューシリーズ。今回は「オウンドメディアのチーム作り」がテーマです。 お伺いしたのは、グループウェア『サイボウズOffice10』やアプリ作成クラウド『kintone』で知られるサイボウズ株式会社(以下、サイボウズ)。チームワークを応援するメディア『サイボウズ式』の編集長・藤村能光さんに、疑問をぶつけ、オウンドメディアのチーム作りのヒントを探ります。 読者に“届く”記事はどう作る?『経営ハッカー』中山順司編集長の企画術
編集記者とオウンドメディア運営はまったく別物?
<プロフィール>写真左)藤村能光(ふじむら・よしみつ):2011年サイボウズ株式会社に入社。『サイボウズ式』編集長。右)五味田雄斗(いつみだ・ゆうと):2018年、ソウルドアウト株式会社へ新卒入社。同年10月よりオウンドメディア『LISKUL』の編集長に。
編集記者とオウンドメディア運営はまったく別物?メディアの「軸」を守り抜くのが編集長の役割鍵は「スモールスタート」と「理想を下げる」ことメディア運営を楽しむための機会をつくる
五味田:本日はよろしくお願いします! まずは藤村さんが『サイボウズ式』の編集長に就任するまでのキャリアを教えてください。 藤村:僕は、2007年にアイティメディア株式会社に新卒入社し、編集記者として働いていました。2011年にサイボウズに転職した後は、主に製品のマーケティングを担当していたのですが、『サイボウズ式』の立ち上げに伴い、再び編集に携わるようになりました。編集長に就任したのは2015年ですね。 五味田:編集や執筆の経験が4年間もおありだったんですね。その知見はオウンドメディア運営でどのように活かされていったのでしょうか? 藤村:当初は僕も「編集記者としての経験を活かしていくぞ」と意気込んでいたのですが、記事を書いてみると「あれ、ちょっと勝手が違うかもしれないぞ」と思うことがあって……。そこで、報道中心のメディアとオウンドメディアの違いに気づきました。 読者が情報を求めて能動的に訪れるメディアと違って、オウンドメディアでは企業が読者に歩み寄って情報を届けにいく必要がある。なので、企業が語りたいテーマを語るより、読者に喜んでもらうことを最優先にしないと、そもそも記事が読まれないんです。その意識の切り替えが必要でした。
メディアの「軸」を守り抜くのが編集長の役割
五味田:藤村さんにも戸惑っていた時期があったんですね……! とはいえ、今の『サイボウズ式』の記事は、どれも読者にしっかり届き、多くの反応が得られていますよね。僕も含め、憧れているオウンドメディア担当者は多いと思います。どうすれば読者に思いが届くメディアを作っていけるのでしょうか? 藤村:何より大切なのは、メディアの運営目的と紐づいた「コンセプト」を定めることです。例えば、『サイボウズ式』の立ち上げ時は、「新しい価値を生み出すチームのためのコラボレーションとITの情報サイト」をコンセプトに掲げていました。 当時、製品の売り上げが横ばいになっており、「単に製品の機能を訴求するのではなく『サイボウズ』という会社を好きになってもらうマーケティングが必要なのでは?」という意見が議論に挙がっていました。けれど、単にサイボウズの情報を発信しても興味は持たれない。そこで、より広く世間の関心を惹くであろう「チームワーク」に焦点を当てることに決めました。 現在のサイボウズ式では「新しい価値を生み出すチームのメディア」を掲げている 五味田:社内の課題と世間のニーズを擦り合わせて、軸となるコンセプトを定める必要があるんですね。 藤村:そうですね。もう一つ忘れてはいけないのが、「編集長」の存在です。編集長は、メディアのコンセプトを編集メンバーと共有し、その共感の輪を社内に広げる役割を担います。そうやって周囲に理解者がいる状態をつくっておけば、上司から「もう少しPV上がらないの?」など異なる目標を求められたときにも、コンセプトを守り抜くための議論がしやすくなります。 ブレないコンセプトと、ブレない編集長。この2つが揃えば、きっと読者にしっかりと思いを届けられるメディアになるはずです。
鍵は「スモールスタート」と「理想を下げる」こと
五味田:最近、編集長という役割の重さを改めて感じています。社内の理解を得るのは、意外と難しいですよね。例えば、「記事を公開しました!」と社内に共有しても、あまり反応がなくて困っている担当者の声をよく耳にします。 藤村:残念ながら、社内の人からしたら自社のオウンドメディアは「正直、興味ない」ことは往々にしてありますよね。そのため、遠回りのようですが、まずは社外でオウンドメディアに対する反響を得るのが重要だと思います。 『サイボウズ式』では、「記事を公開しました」ではなく、読者がどのようなコメントを寄せてくれているのかまでスクリーンショットを取って、全て共有しています。 コンテンツに反響が集まっている状況を社内の人に見てもらう。それを継続していると、徐々に興味のある人が反応してくれるようになりました。コツコツ積み重ねるのが一番の近道です。
五味田:もしかすると、初めからオウンドメディアから生まれる成果を期待しすぎないほうが良いのかもしれませんね。 藤村:そうですね。オウンドメディアを「魔法の杖」のように思っている人って、結構多いと思うんです。でも、採用やブランディング、マーケティングの課題全てがオウンドメディアを立ち上げただけで解決するなんてありえませんよね。「こうなりたい」を掲げるのは大切ですが、理想と現実のズレが大きすぎると辛いので、適度に理想を下げるのも大切だと思います。 例えば、地方の中小企業の場合「社員を1人採用したい」といった目標でも十分でしょう。理想を下げてスモールスタートしてみる。そこから、小さな目標を1個ずつ達成していけば、着実にメディアは成長していきますから。
五味田:スモールスタートだと、割ける社員数も限られてきますよね。僕も実際に運営して改めて気づいたのですが、メディアって想像以上に時間がかかります。スモールチームでうまくメディアを運営していくにはどうすれば良いのでしょうか? 藤村:オウンドメディアって基本的にリソースが足りない状態になりがちですよね。『サイボウズ式』も、立ち上げ時のメンバーは3人で、編集長はマネジメント職と、副編集長の僕はマーケティング職と兼務。専任の社員は1人だけでした。立ち上げ後も、しばらくは専任担当者を増やさず、別の仕事をしている社員を積極的に巻き込んでいきました。 希望者に編集会議へ出てもらい、「この企画なら携わってみたい」という人がいたらお願いしてみる。執筆や編集を任せるのは難しくても、企画出しはどんどん参加してもらっています。実際、営業の方が出した企画が10万PVを超えるヒット記事になったこともあります。 「大事な商談の日なのに、保育園に預けられない──両親の代わりに営業チームで子守をした話」は10万PVに 立ち上げからすでに6年が経っていますが、今も編集部の正社員6名のうち、ほぼ全員が兼務です。それでもメディアの運営は十分回っていますね。 五味田:他の仕事も忙しいはずなのにすごいですね! 藤村:メディアは基本的に大変な仕事なので、やっていて面白いか、楽しいと思えるかは常に意識しています。作り手がワクワクしていないと、やはり読者には伝わりませんから。『サイボウズ式』では、企画書に「あなたの思い」を必ず書いてもらっています。これも、思いが強ければ強いほど企画の原動力になるからです。 仮に週1、2本しか出せなくても、全員が「やっていて楽しい」と思える企画にだけ全力投球できるようにする。そういう環境づくりも編集長の仕事だと思っています。以前、月1本しか記事が出ない時期があって、読者の人から「大丈夫ですか?」と心配されたのですが(笑)
メディア運営を楽しむための機会をつくる
五味田:つい「頑張らなきゃ」と思い詰めてしまうので、「楽しむのが大切」という言葉はとてもハッとさせられました。
藤村:メディアって、とても夢のある仕事ですからね。例えば、『LISKUL』の記事を通して、一人のマーケターの人生が変わるかもしれない。その変化のきっかけになれる仕事なんて他にありません。「楽しむなんて夢物語」と言われるかもしれないけれど、作り手が楽しんでいるかどうかは読者にも伝わります。だから成果を出す上でも、実はとても重要な要素なのではないでしょうか。 五味田:確かにサイボウズ式の記事は全員が生き生きと作っている様子が伝わってきます。具体的に「楽しむ」ために何をすれば良いのでしょうか? 藤村:まずはチーム作りですね。「何かうまくいかないな……」という空気が蔓延していると、おもしろいアイデアも企画も出ません。まずは「このチームの活動自体が面白い」という空気づくりをする。例えば、編集会議は井戸端会議のような形で「こうするともっと良くなりそう!」という話をしています。細かく企画書をチェックして、粗探しするのではなく、直感的に「面白い」と感じた部分を膨らませていく。 そうやって「楽しい」にフォーカスして、メンバーが安心して意見を言える空気づくりはかなり重視してきましたね。
五味田:編集会議、とても楽しそうです。実は僕はほぼ一人で編集部を運営しているんです。遠隔でやり取りをしているライターさんとは「チーム」という気持ちでいますが、一緒に編集会議をするメンバーがいない場合、どのように楽しんでいけば良いでしょうか? 藤村:そういう一人編集部の場合も決して完璧に一人ではなく、協力してくる方はいると思うんです。なので、例えばその月に良い記事を書いてくれた人を社内表彰するとか、場を盛り上げたり、楽しんだりするための仕組みはつくれるはずです。もし、日頃のやりとりがチャット中心なのであれば、定期的に直接会う場を設けて、感謝の気持ちを伝えるとか。 『サイボウズ式』でも、サイボウズ式Meetupというリアルイベントを定期的に開催し、メディアに携わってくれている人、読者の人と交流する機会を設けていました。 「集客が大変そう……」と思うかもしれませんが、本当に数人の読者を集めて飲みに行くだけでもいいと思います。仮に一人も集まらなかったとしても、それが今の実力なんだなと認めて、そこから頑張ればいい。ここでもスモールスタートが大切だと思います。 五味田:だいぶハードルが下がりました。『LISKUL』でもぜひやってみたいです……! 藤村:記事を読んでくれている人が目の前にいるのはやはり感動ですよ。イベントが終わってからも、「あの人が読んでくれているんだ」と顔が思い浮かんで。そうすると記事をつくるのがもっと楽しくなる。そうやってメディアに携われる機会を最大限活用してくれたらうれしいです。一緒に頑張りましょう! 五味田:リアルイベントを開催した際にはぜひお声がけさせてください。今日は貴重なお話をありがとうございました!
(執筆:向晴香 編集:鬼頭佳代/ノオト)
オウンドメディア編集長インタビュー
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